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仙台高等裁判所 平成7年(う)25号 判決

裁判所書記官

佐藤満

本籍

青森県下北郡大畑町大字大畑字湊村三六番地

住居

青森市松原二丁目七番一一号

会社役員

辻久

昭和七年四月一八日生

右の者に対する法人税法違反被告事件について、平成七年一月一八日青森地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官泉川健一出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人堤浩一郎が提出した控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官泉川健一が提出した答弁書に、それぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

論旨は量刑不当の主張であって要するに、被告人は、青森県において長年にわたり土地分譲事業等に従事して地域の発展に貢献し、また、宅地建物取引業界においても業界の発展に多大な寄与をしてきたこと、有限会社京王不動産(以下「京王不動産」という。)は、平成五年一月に修正申告を行って同年三月に本税、延滞税及び重加算税の合計一億四七二八万五一〇〇円を納付済であり、被告人としても既に本件犯行につき十分な経済的制裁を受けていること、京王不動産は多額の負債を抱えて事実上倒産し、現在被告人は経済的苦境に陥っていること、被告人の妻が病気療養中であることなどの事情を考慮すれば、被告人を懲役一年及び罰金三〇〇〇万円(懲役刑につき四年間執行猶予)に処した原判決の量刑は、罰金三〇〇〇万円を併科した点において重過ぎて不当であるというのである。

そこで、記録を調査して検討すると、本件は、青森市内に本店を置き不動産売買等の事業を営む京王不動産の代表取締役である被告人が、同会社の業務に関し法人税を免れようと企て、平成元年八月一日から平成二年七月三一日までの事業年度における同会社の法人税の確定申告に当たり、架空の雑損害金を不正計上するなどの方法により所得を秘匿し、実際所得金額が三億九二一一万円余りであったにもかかわらず一億五二七〇万円余りである旨所得を過少申告して、同会社の法人税九五七六万四八〇〇円をほ脱したという事案である。

被告人は、昭和四六年に京王不動産を設立して代表取締役に就任し、主に青森市内における宅地造成とその分譲事業に携わっていたものであるが、その経営は赤字続きで平成元年七月期には累積赤字が一〇億円近くに上っていたところ、平成元年から開発を手掛けていた「八ツ橋ニュータウン」の分譲事業が成功したことにより、平成二年七月期において七億円余りの利益が出たことから、この際会社の累積赤字を出来るだけ減らそうと考えて経費の不正計上による脱税を思い立ち、当時被告人と親しい関係にあった京王不動産の女性従業員が、同会社の従業員運転の自動車に同乗中事故に遭って負傷したとの交通事故を仮装し、京王不動産が同女に対し二億一〇〇〇万円の損害賠償金の支払義務を負ったかのごとく装うとともに、当時被告人が、香港やマカオに頻繁に出向き、現地においてクレジットで宝石を購入して直ちに換金処分し、京王不動産に送金するという方法で資金繰りを行っていたことから、海外で経費を支出したことにすれば容易にその弁解が崩れないだろうと考え、平成二年七月期において未払いであった宝石購入のクレジット代金六一〇〇万円余りを、現地で中国人と合弁事業をするための広告宣伝費に費やしたかのように装い、これら架空の損害金及び広告宣伝費を、税理士をして確定申告の際不正に計上させて本件犯行に及んだものである。

以上のとおり、本件のほ脱金額は九五〇〇万円余りと高額であり、そのほ脱率も六割を超えている上、被告人は、交通事故による賠償金の支払いを仮装するに際し、弁護士に依頼して、京王不動産が右女性従業員に対し二億一〇〇〇万円の損害賠償金の支払義務があることを認めるなどとする虚偽の即決和解まで行って、その和解調書を裏付け資料としたほか、同女に依頼して架空の領収証を作成し実際に賠償金の一部を支払ったかのように装うといった偽装工作もしており、本件はまことに大胆で悪質な犯行というべきである。しかも、被告人は、本件の容疑で国税当局から取調べを受けた際、当初右女性従業員らと口うらを合わせて交通事故は実際にあったなどと弁解し、その後本件犯行を全面的に認めるに至った後も、今度は虚偽の領収証や売買契約証を作成し、これらの書類を査察官に提出して他に簿外経費があるなどと主張し、あくまでも正規の税金の支払いを免れようとしたとの事情も窺われる。加えて、被告人は、本件当時業界団体である社団法人青森県宅地建物取引業協会の本部常務理事を務めるとともに税務協議会の幹事長という地位にあったもので、自ら率先して適正な納税を行うべき立場にあったにもかかわらず、本件犯行に及んだものであって、この点でも犯情は良くなく、したがって、以上の諸事情に照らし、被告人の刑事責任を軽視することはできないのである。

そうすると、被告人は、現在では本件について十分反省の態度を示していること、本件の不正申告については、平成五年一月に修正申告を行い、同年三月に本税、延滞税及び重加算税の合計一億四七二八万五一〇〇円を納付済であること、被告人は、青森県内において長年にわたり土地分譲事業等に従事して地域の発展に貢献し、また、同県の宅地建物取引業界の発展にも寄与してきたものであること、被告人には昭和三〇年に贈賄、詐欺、偽造私文書行使及び私文書偽造の罪で懲役一〇月に処せられ、三年間刑の執行を猶予された前科があるものの、それ以降は交通関係の罰金前科以外に前科がないこと、被告人の妻が術後甲状腺機能亢進症、反回神経障害との病名で現在通院治療中であることなど、所論が指摘し、当審における事実取調べの結果から窺われる事情を斟酌しても、前述した本件の脱税額、脱税率、脱税の手口や動機、犯行発覚後の被告人の態度などのほか、京王不動産は実質的に被告人が一人で取り仕切っていた会社であること、同会社は本件後事実上倒産して現在清算中であることなどの事情を併せ考慮すれば、脱税が経済的にも引き合わないことを強く感銘させるという罰金刑併科の趣旨に照らし、原判決が、本件につき被告人に対し執行猶予付きの懲役刑のほかに、罰金刑を併科したことは何ら不当ではなく(なお、本税及び延滞税を支払うことは本来の義務である上、重加算税も、行政上の制裁であって、刑罰とは趣旨や性質を異にするから、右のとおり、本税、延滞税及び重加算税を支払ったからといって、罰金刑併科の必要性が失われるものではないことはいうまでもない。)、三〇〇〇万円という罰金額も相当であって、それが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井登葵夫 裁判官 田口祐三 裁判官 河合健司)

平成七年(う)第二五号

控訴趣意書

被告人 辻久

右の者に対する法人税法違反被告事件について、弁護人発議のとおり控訴理由を述べる。

平成七年四月一二日

弁護人 堤浩一郎

仙台高等裁判所第一刑事部 御中

控訴理由

一 原判決の量刑は不当である

1 平成七年一月一八日、青森地方裁判所は被告人辻久に対する法人税法違反被告事件について、次のような判決を言渡した。

被告人を懲役一年及び罰金三〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から四年間右懲役刑の執行を猶予する。

ところで、右原判決の量刑中、原判決が罰金三〇〇〇万円を併科した点は次の理由により量刑不当と思料するので、本件控訴をなした次第である。

2 被告人は、青森県において長年にわたり土地分譲事業等に従事して地域の発展に貢献してきた人物である。

昭和四三年、被告人は京王不動産の名称で不動産仲介業を営むようになったが、昭和四六年八月一二日、有限会社京王不動産を設立して同社の代表取締役に就任した。

そういう状況のなかで、被告人は主な開発事業として

昭和四五年度 双葉団地 五〇アール

四六年度 東青森駅前団地 三〇アール

四七年度 すみれ団地 四~五ヘクタール

五三年度 京王台団地 八ヘクタール

六一年度 南京王台団地 六ヘクタール

六二年度 第二次すみれ団地 四〇アール

平成 元年度 筒井ニュータウン 九・五ヘクタール

二年度 第二次筒井ニュータウン 三〇アール

四年度 第三次筒井ニュータウン

を手掛け、地域の発展、振興に大きく貢献してきたものである。

3 また、被告人は宅地建物取引業界においても、例えば社団法人青森県宅地建物取引業協会常務理事及び同東青支部理事を長年にわたり務め、業界の発展にもこの間大きな寄与をなしてきた人物でもある。

被告人のかかる活動が極めて功績大であったことは被告人もしくは有限会社京王不動産が

昭和六〇年一一月二七日 建設大臣

昭和六一年 六月二五日 社団法人全国宅地建物取引業協会連合会

同 年 六月二六日 社団法人全国宅地建物取引業保証協会

平成 四年 四月二一日 社団法人青森県宅地建物取引業協会東青支部

平成 五年 五月二七日 青森県知事

平成 六年 七月 五日 社団法人全国宅地建物取引業協会連合会

からそれぞれ感謝状、表彰状を授与されていることからも明らかとなっている。

4 被告人は有限会社京王不動産の平成二年七月期申告に際し、法人税九五七六万四八〇〇円を免れようとしたものであるが、これにつき被告人は平成五年一月二〇日、仙台国税局計算のとおりの修正申告をして同年三月一六日、本税、重加算税、延滞税合計一億四七二八万五一〇〇円を支払っているものである。

このように、被告人は本件犯行につき、それに相応する十分な経済的制裁を既に受けているものであり、この点も本件犯行に対する量刑判断の際、考慮すべき重要な事項であると考える。

5 被告人が営む有限会社京王不動産は平成六年五月不渡手形を出して事実上倒産するに至った。

なお、右会社の平成六年一二月二八日現在の負債は約一五億七九〇〇万円もの多額に及んでいる。

このように、現在被告人は個人営業時を含めて約二六年間に及んだ不動産業に終止符をうたざるを得ない経済的苦境に陥っているものであり、この点についても量刑判断の際、是非考慮して頂きたいと思料している。

6 被告人の妻辻静江(大正一四年三月二日生)は、現在、〈1〉術後甲状腺機能亢進症、〈2〉反回神経障害にて弘前大学医学部附属病院第一外科に通院して治療を受けている。

かかる事情も被告人に対する量的判断の際、是非考慮してもらいたい。

二 結論

以上の事情を総合すれば、被告人に対する原判決中、罰金三〇〇〇万円に処するとの点は、従前の被告人の功績、現在の被告人の経済的困窮の大きさ、妻の闘病等の事実に鑑みるならばあまりにも過酷に過ぎる量刑と言わねばならず、著しく量刑不当である。

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